第四十八号 七転び八起き
皆さんも『人生の勝ち組、負け組』あるいは『人生の成功者、落伍者』という言い回しを聞いたことがあると思います。聞いただけではなく、そんな言い方を用いた経験のある方もいるのではないでしょうか。
私は想うのです「何を持って勝ち組負け組というのだろう」または「何歳を基準にして成功者と落伍者と決めるのだろう」とです。私自身を振り返ってみると、負け組と言わないながらも決して勝ち組ではないと感じます。しかし、その判定は誰が下すのかと考えてみると、両親でもなく、家族でもなく、ましてや閻魔大王でも最高裁判事でもなく、それは自分自身ではないのかと思うのです。そんなことを思うと、第一番に自分に恥じない生き方をしたいと考えるのです。また、人の目を極端に気にする生き方は、ナンセンスのように思えてなりません。
話は変わりますが、最初の詩は、自分自身の行いを脚下照顧した心の中を書いてみたものです。恥をさらすようですが、誰にでもある心の動きではないでしょうか。
どうぞ読んでみてください。
〈見えない私partⅡ〉
見えない私は
長梅雨も秋の長雨も嫌い
じめじめとして鬱陶しく
不快な臭いを運んできて
虫は我が物顔に歩き回る
それでもやがて
梅雨の長雨は夏を連れてくる
私の大好きな夏を
紫陽花は笑顔になり
田畑は潤い
カエルは整然と命を唄いだす
思い返してみれば
梅雨も秋の長雨もまんざらでもない…
かもしれない
・・・・
見えない私は
無言電話をかけてくるあいつが嫌い
人の迷惑顧みず
俺の心をかき乱し
バカヤローと大声を上げさせる
無言電話のあいつはきっと
平然とした顔をして
受話器を握っていることだろうと想像すると
憤然となる俺
それでもしかしあいつの寂しい気持ちを想うと
なんだか心は哀愁を覚える
俺も沢山許されているように
俺もあいつを許そうか…と
苦虫を噛む俺
・・・・
見えない私は
嘘をつくあの人が嫌い
障害を持つ俺を見下し
見えないから嘘を見分けられないだろうとばかりに
自分を正当化し
人の悪口を言いふらし
俺のことはほめそやす
「私は良い人なのよ」と言いたげに
そんな声を聞くと虫唾が走る
それでもしかし嘘は嫌いと言いながら俺も嘘をつく
それを思うと心は痛む
だから「まっいいか」と心で叫ぶ
それでも気持ちは晴れないが
何度も何度も「まっいいか」と口に出す
・・・・
見えない私は
正義感を振りかざす俺が大大大嫌い
ニュースを観ても愚痴を聞いても
不満が聞こえてきても腹を立て
正義感ぶる俺に憤然とし慄然となる
次にはあまりの愚かさに赤面する
俺はいつもどこでも
いい格好しいなのだ
そんな時には反省をする
これ以上自分が嫌いにならないように
今日も同じ繰り返し
草葉の陰からご先祖様も
大宇宙から神様やお釈迦様も
俺を見て呆れていることだろう
※虫唾(むしず):胃酸過多のため、胃から口に出てくる不快な酸っぱい液。
▽私のここまでの人生を一言で表すと『七転八起(しちてんはっき)の人生』です。何度も転び何度も起き上がる、そんな人生でした。
話題は変わりますが、私は見えなくなってから、道端の看板や電柱にぶつかり「ごめんなさい」と謝ったり、話しかけたりしたことは何度もあります。皆さんはありませんか。
忘れもしません、あれは塩原センターで自立訓練を受けている時のことでした。木蔭で草を食む、観光馬車を引く馬に道を訪ねたこともありました。
その話を教官たちにすると、腹を抱えて大笑いされたことも覚えています。
次の詩は、馬に話しかけた経験を詩にしてみました。少し長いですがお付き合いください。
〈トテ馬車のまりちゃん〉
空は狭く
侘しさを湛えた
山間の温泉街塩原に
観光馬車を引く
まりちゃんと呼ばれ慕われる
可愛い女の子がいます
その女の子は
日に焼けた肌に栗毛色の髪
まんまるの目と
優しい唇
穏やかでおとなしいが
目立った顔立ち
長い脚に
くびれた腰回りをした
スタイルの良い
素敵な女の子です
一度会ったら忘れられない鼻息
長くて大きな顔
ヒヒーインと鳴く声には
優しさと愁いを含んでいます
泣き言は一切言わず
ただ直向きに
トテ馬車を引き続けるのです
その可愛さときたら
長い顔を抱き寄せて
頬刷りしたくなるほどです
そのまりちゃんに
道を尋ねたことがありました
バスに乗って温泉街麓の
塩原視力障害センターに帰りたかったのです
目を失ってから
初めての独り歩きでした
バス停を見つけられず
困っていると
そこにいたのが
葉桜の下で
一休みしていたまりちゃんでした
僕は人の気配を感じ
まだ遠くにいるまりちゃんに向かい
白杖を振りながら歩き
「こんにちは」
「バス停はどこですか」と話しかけました
しかしいつまで待っても応答はありません
何かの仕事に熱中しているおじさんなんだな
と考えた僕は
ゆっくり歩を進め
僅か数十センチメートルの位置まで近づき
「バス停はどこですか」と質問したのです
すると長くて大きな顔が
ぬうっと現れ
まりちゃんの真ん丸な目と
僕のつぶらな瞳が
パチンと音をたてて合わさりました
いや音がしたように感じたのです
その瞬間僕は
「チェ!馬かよ」と吐き捨てるように言ってしまいました
次の瞬間には
まりちゃんに背を向けていました
「まりちゃんあの時はごめんね」
今はそんな気持ちでいます
まりちゃんは僕のアイドルです
大好きな女の子なのです
もう一度まりちゃんと
見つめあいたい
もう一度まりちゃんと
お話がしたい
もう一度まりちゃんと
ヒヒーインと
鼻息で挨拶をしたい
その願いは叶わないでしょう
まりちゃんは引退をして
故郷の北海道に里帰りしたと
北風がそっと
僕だけに話してくれました
まりちゃーん
僕は君が大好きです
北海道で穏やかにお過ごしください
君のお幸せを祈っています
あの日の出会いは
一生の思い出です
▽ 実は、私は若い頃から「まりちゃん」に縁がありました。
東京に住んでいる18歳の頃、中島みゆき似の「麻里子」という名の専門学校に通う女の子にふられ、その後東京で出会い結婚した現在の妻は「眞理子」です。
中学生の頃、初めて好きになったアイドル歌手は「天地真理」でした。
つまらない話をしてしまいましたが、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
石田眞人でした